八光グループ

八光グループの歩み

1596年創業、製造業を始めて80余年。

原点となる酒造業から400年以上続く長い歴史の中から主な出来事を振り返り、現在そして未来へと続く八光グループの歩みを辿ります。

電熱器事業  医療事業

  • 1596

    北国街道戸倉宿で酒造業を創業

    はじまりは慶長元年

    八光グループの歴史は約430年前の戦国時代末期にまで遡ります。豊臣秀吉による天下統一後、日本に平和が訪れ、人口増加とともに農業生産が拡大しました。この安定期に、現代でいう「バイオ革命」とも呼べる動きが起こります。味噌や醤油づくりが盛んになり、その流れの中で日本酒造りも発展。八光グループのルーツである坂井銘醸が酒造業を始めたのはまさにこの時代でした。江戸時代に入ると、その技術はさらに洗練され、当時の最先端を行く日本酒造りが確立されていきました。

  • 1893

    信州戸倉上山田温泉 開湯

  • 1903

    笹屋ホテル 創業

    国内旅行発展の波に乗って

    日本酒造りが発展した時代から時は進み、約300年後の明治時代初期、文明開化の波が押し寄せ日本は西洋文化を積極的に取り入れるようになります。身分制度が廃止され、人々の移動が活発になる中で、観光旅行が江戸時代以上に盛んになりました。
    全国各地に湯治宿は存在しましたが、八光グループは時代の先端を読み、温泉開発に情熱を注ぎ、近代的な温泉ホテルの建設に着手します。1893年(明治26年)には温泉が開湯、開湯から10年で笹屋ホテルを開業しました。
    1932年(昭和7年)には別荘の増築に着手。設計は、世界的に有名な建築家フランク・ロイド・ライトに師事した建築家・遠藤新に依頼しました。

  • 1934

    笹屋ホテル 別荘オープン

    設計から約2年で完成した8室の別棟は、当時としては画期的な数寄屋造りの建築で、その先進的な設計は近代観光旅館建築のモデルとなったと言われています。その歴史的価値から2003年(平成15年)には国の登録有形文化財に指定されました。 別荘の名は文化財指定を機に改め「豊年虫」となりました。この名前は文豪・志賀直哉が笹屋ホテル滞在中に執筆した短編小説「豊年蟲」に由来しています。

  • 1939

    第二次世界大戦開戦

  • 1944

    株式会社八紘電機製作所設立 製造業を開始

    第二次世界大戦が始まるとホテルや酒造といった事業は困難に直面します。
    この厳しい時代に、八光グループは地域の生活を守るため一時的に軍需産業に参画しますが、終戦とともに新たな事業展開へと舵を切ります。

  • 1945

    第二次世界大戦終結

  • 社名を株式会社八光電機製作所に変更し再出発

    厳しい時代に生まれた新たな事業展開

    戦後復興期は、情報伝達の復旧、教育の再開、経済活動の回復、そして文化の復興という多岐にわたる側面から印刷業が社会の再建に不可欠な役割を担いました。八光グループはそうした重要性を認識し、活字鋳造機の製造に着手。さらに、日本の経済発展に不可欠だった工場での生産活動を支える産業用ヒーター、そして国民の健康維持と公衆衛生の確立に大きく貢献する医療関連事業など、多角的な事業展開を進めていきました。これらの事業は単なるビジネスに留まらず、当時の日本が直面していた喫緊の課題に対し技術とビジネスを通じて貢献しようとする強い意志の表れでした。

  • 1946

    株式会社八光活字鋳造機製作所設立 活字鋳造機の製造を開始

  • 生石灰によるヒーターの製造を開始

  • 1947

    医療機器事業への参入を目指してペニシリン用注射針の研究開発を開始

  • 投込A型ヒーター型式認可取得

  • 1948

    医科器械工場番号第66号厚生省指定工場に認定

  • 1949

    ペニシリン用注射針・血液用注射針の製造開始

  • 1950

    金属管内面電解研磨技術の開発成功

  • 1951

    金属管電解表面研磨装置の特許登録

    新しい技術で次の事業へ

    八光電機では電熱器の生産の傍ら、次の商品の模索を続けていました。それは、将来の医療機器事業の発展を予測した注射針の製造でした。当時の注射針は少人数の製造現場が多くありましたが、機械設備を導入し、新たな生産体制を実現。業界の注目を浴びることになりました。中でも、1950年(昭和25年)に特許を取得した「金属管の電解的内面の研磨方法」は画期的なものでした。

  • 株式会社東京八光鋳造機製作所設立 標準型活字鋳造機の製造を開始

    印刷需要の急増に合わせて始めた活字鋳造機の製造は順調に生産を伸ばし、東京へ進出。生産体制も強化して「八光の活字鋳造機」の業界トップの地位は不動のものとなりました。

  • 1953

    注射針の日本工業規格(JIS)表示許可厚生省承認

  • NHKテレビ放送開始

  • 1955

    プラスチック基の注射針の製造開始

  • 三種の神器(白黒テレビ、電気冷蔵庫、洗濯機)が流行語に

  • 1957

    長野県埴科郡戸倉町磯部に工場を新築して全面移転

    発展と成長を続け、規模を拡大

    日本経済が上向き、家庭電化の時代が到来。電熱器事業も発展の時を迎えます。注射針や活字鋳造機も成長しており、工場生産も順調に拡大。社員も増加してきた頃、戸倉町に工場敷地約1万坪の敷地を取得して新たに工場を建設、全面移転します。1957年(昭和32年)の工場完成から今に至るまで、この地が八光グループの本社工場になっています。

  • 1958

    東京タワー竣工

  • 1964

    ディスポーザブル仕様の八光翼付針(SV針)と一般針の製造開始

    ディスポーザブル化が進む医療用具

    治療医学の急速な進歩と高度化、臨床検査の増加に伴い、治療技術はますます複雑化していきます。その中で、すぐに使えて且つ感染防止のために1回限りの使用で使い捨てるディスポーザブル製品が求められるようになりました。この頃から進み始めたディスポーザル化に大きく貢献したのが、金属にとって代わったプラスチック材料や完全滅菌包装当の進歩でした。八光グループでは早くからプラスチック基の注射針の製造を開始していたため時代のニーズに迅速に応えることが出来ました。

  • 東京オリンピック1964

  • 1965

    電気温水器用ヒーターの製造開始

  • カテーテル類の製造開始

  • 1969

    アポロ11号月面着陸

  • 3C時代(新・三種の神器:カラーテレビ、クーラー、自家用車)

  • 1970

    無菌試験室・生物試験室の設置

  • 活字文選植字機「ピッカー」の販売開始

  • 大阪万博(日本万国博覧会(EXPO'70))

  • 1972

    札幌オリンピック

  • 1973

    活字文選植字機開発が
    第3回小中企業向自動化機械開発賞及発明奨励賞を受賞

  • 1975

    研削砥石仕上機が
    第6回小中企業向自動化機械開発賞を受賞

  • 温度コントローラの開発開始

  • 1981

    金型加熱用ヒーター「ウルトラファイブ」・遠赤外線(セラミックコート)ヒーターの生産・販売開始

  • 1982

    超音波ガイド下関連医療製品の製造開始

  • 八光校正システムの完成、発売開始

    印刷業界は写植の時代へ

    1975年(昭和50年)頃から急速に技術革新が進み、印刷工程に大変革がもたらされました。鉛活字を使用したものから写真植字機によるシステムへ移行、さらにコンピューターによる電子組版システム及びレーザープリンターによる印刷へと転換していきます。八光グループでは日本語処理システム開発会社協力のもと八光校正システムを開発・発売。時代の変化に合わせて事業のあり方を変えていきます。

  • 1983

    精密加工パイプ製造開始

    培った技術を活かして新たな分野を開拓

    注射針用のステンレスパイプ加工の技術・ノウハウを活かし、医療以外の分野への市場開拓を始めます。八光グループ独自の減径加工方法の開発に成功し、内面粗度の均一化を実現。製造技術を活かし、八光のステンレスパイプは分析機器や電子機器、光学機械や精密機器でも利用されるようになっていきます。

  • 1985

    超音波映像下生検針の製造開始

  • グループ創立40周年式典

  • 1986

    米国FDA(米国食品医薬品局)による査察に合格

  • 1989

    衛星用ヒーター製造専門工場完成

  • 電子部品用精密プラスチック金型の製造開始
    硬膜外麻酔セットの販売開始

  • 時代は「昭和」から「平成」へ

  • 1990

    NASDA(宇宙開発事業団)認定部品に八光衛星用ヒータ登録

    八光の製品は宇宙へ

    宇宙開発用製品への挑戦は、1981年(昭和56年)に当時生産を開始したばかりの当社のカートリッジヒーター「ウルトラファイブ」にNASDAの担当者が興味を持ち来社したことから始まります。翌年、解体試験の結果当社の設計思想が宇宙用のヒーターに十分適合するという評価をうけ、1985年(昭和60年)から開発をスタート。宇宙開発用高信頼性シースヒーターの開発は寝る間も惜しんで試行錯誤が続けられ、5年の歳月を経てようやく完成。1994年(平成6年)に打ち上げられたH-Ⅱロケット2号に搭載され、初めて宇宙へと飛び立ちました。

  • 熱のミクロン加工(均熱化)研究開始

    熱が支えるハイテク産業の世界

    日本の半導体産業の幕開けに需要が拡大したICモールド用の金型加熱用ヒーターとして開発し、宇宙開発用製品のきっかけにもなったウルトラファイルでしたが、この頃市場が求めていたのは金型の温度を均一にすることでした。八光グループでも、樹脂成型加工や液晶生産工程などのハイテク産業にマッチした技術の研究が始まります。加工精度はミクロン単位の時代。研究を重ね、ここからさらに時代に合わせた様々な商品開発に調整していくことになります。

  • エタノール注入療法専用針PEITニードルの製造を開始

    新たながん治療に貢献

    患者の負担軽減を目的として開発したエタノール注入療法専用針PEITニードルは、新たながん治療に貢献することになりました。独自の先端形状で穿刺時の抵抗が少なく直進性に優れ、正確な穿刺が可能となったこの針は、腫瘍などに直接エタノールを注入するために使われています。

  • 1991

    医療用具輸入販売業、厚生省認可長用輸第0007号を取得

  • バブル崩壊

  • 1994

    内視鏡下外科手術関連器具の製造販売開始

    最先端の医療に応える新製品の開発

    急速に広まる内視鏡下の外科手術の現場では新しい手術器具の要望が後を絶たない状況にありました。八光グループではこの分野の最先端をゆく海外製品の輸入・研究に取り組み、それと並行して社内での開発にも力を注ぎます。臓器摘出器具や止血剤注入管、吸引針に胆管造営カテーテルなど、次々と新製品を市場に送り出していきます。この時代から一気に躍進した華やかな領域ながら、その裏には地道な研究開発活動がありました。

  • 1995

    阪神淡路大震災

  • インターネット事業に参入

    印刷からデジタルの時代へ

    創業時から主軸事業として日本の情報基盤を支えてきた活字鋳造機に始まり、時代に合わせて展開してきた八光グループの印刷関連事業はここで大きな一つの転換期を迎えます。急速に進むインターネットの普及の波に乗り、印刷事業で培った技術と知識を活かしながら新たな情報関連事業へと参入します。

  • 天吊ストーブを開発

    熱の需要は工場以外の分野でも

    工場での生産活動を支えるヒーターを中心に様々なニーズに応えてきた電熱器事業は、ここで新たな産業にも広がります。安全な場所から効率よく温められる天吊ストーブは牛舎などの畜産現場から需要があり、八光グループが得意とする熱のコントロールが活かされる分野でした。天吊ストーブを開発が畜産業への参入の足掛かりとなりました。

  • 1996

    中国・上海市に駐在員事務所を開設

    八光グループ初の海外進出

    世界を一つの市場としてとらえて事業活動を展開していくため、その第一弾として上海市に事務所を構えました。この時代はまだ中国では外資の商取引が禁止されていたため、八光グループの製品PRを主として活動していました。

  • 1997

    「八光グループ最近50年史」発刊

  • 1998

    長野オリンピック

  • 医療機器にてISO9001 認証取得

  • ラップディスク販売開始

    開腹手術から内視鏡下外科手術への移行に寄与

    内視鏡下外科手術はどんどん広がり、時代は開腹手術から内視鏡下外科手術に移行していきます。八光グループのラップディスクは、腹腔鏡下手術起きうる様々なリスクを防ぎより安全な手術を行うための重要な役割を果たす製品として開発されました。

  • 1999

    医療機器の品質マネジメントシステムISO13485 認証認可

  • シリコーンラバーヒーターの生産工程を確立・販売開始

    新たな形の熱製品を展開

    柔軟性と耐久性を兼ね備えたシリコーンラバーヒーターは、医療、食品、自動車など幅広い業界からの需要があり、それに応えるべく生産工程を確立します。シリコーンラバーヒーターは、私たちが得意としているお客様や市場のニーズを正しく把握してアイデアを提示する「提案型」製品開発にマッチしており、この頃確立した生産工程を軸に数多くの種類のシリコーンラバーヒーターの開発・展開を続けています。

  • 2003

    電熱器の中国市場への参入のため上海に八光電熱器件(上海)有限公司を設立

  • 2004

    FPDや半導体業界でニーズの高い真空用熱電対を規格化

  • コストパフォーマンスに優れたE・Zトロッカースマートインサーションの販売を開始

  • 2005

    八光電機製作所がISO14001 認証取得

  • 中国・上海市に駐在員事務所が八光商貿(上海)有限公司として新たにスタート

  • 愛・地球博(2005年日本国際博覧会)

  • 2006

    ソノレクトニードルType CCRの販売を開始

  • 国際規格ISO10993に準拠した体制を整えJAPICによる動物実験実施施設第三者認証を取得

  • 2007

    HAKKO (THAILAND)CO.,LTD 設立

  • 完全浸漬型の水用ヒーター「サブマリンヒーター」を開発・販売開始

  • 肝臓を傷つけないように押さえるシリコンディスクの販売を開始

  • 2008

    八光商貿(上海)有限公司 北京支店 設立

  • 2010

    単孔式手術のコストダウンに貢献するE・Zアクセスの販売を開始

  • 2011

    東日本大震災

  • グループ各社内に分散していた部門を各事業ごとに整理・再編し現在の組織体制を確立

  • 2012

    胎児シャント(希少疾病用医療機器)の販売を開始

    日本初の胎児治療用医療機器

    胎児治療を主な目的に開発した胎児シャントは日本で初めての胎児治療用医療機器となりました。八光グループが開発し既に別の用途で使用されていたダブルバスケットカテーテルを利用して胎児治療用に改良した製品で、胎児シャントを使用した治療は国内で有効性と安全性が認められ、2012年(平成24年)7月から保険適用治療となっています。

  • 2014

    グループ創立70周年式典

  • 八光電熱器件(上海)有限公司 広州分公司 設立

  • 2015

    八光商貿(上海)有限公司 広州分公司 設立

  • 2020

    新型コロナウィルス感染拡大

  • 八光グループ本館 設立

    八光グループの新たな基軸が完成

    八光グループ本館が竣工し、運用開始となりました。各事業の拡大により不足していた会議室やコンベンショナルシステムを導入した広い食堂の他、来客用スペースや面談ルームもあり、従来のオフィス機能としては管理部門である株式会社八光興発が入りました。

  • 2021

    東京2020オリンピック

  • ひかり保育園 開園

  • 2022

    本社工場ソーラーパネル設置

  • 2023

    一般社団法人ひかり奨学会 設立

  • 2024

    発明賞・科学技術賞の受賞

    超音波映像下生検針の分野で生まれた二つの名誉

    1985年(昭和60年)の製造開始から約40年。開発・研究を続けてきた超音波映像下生検針の分野で二つの名誉が生まれました。ソノレクトニードル TypeCCRで利用されている超音波画像による位置検知能力を向上する穿刺針の発明で、令和5年度全国発明表彰において八光グループより発明者3名が表彰を受けました。また、令和5年度の発明賞に続き、令和6年度科学技術分野の文部科学大臣表彰において超音波用穿刺針(CCR 針)が科学技術賞を受賞しました。いずれも大変名誉な賞であり、八光グループの歴史に刻まれるものです。

  • グループ創立80周年式典

  • 2025

    大阪・関西万博(2025年日本国際博覧会)

  • 滅菌ガスの環境負荷軽減を目的にスクラバー設備を新設

  • 2026

    酒造業創業から430年

八光グループ80周年記念動画

2024年6月に行われたグループ創立80周年記念式典に合わせ、これまでの歴史を紹介した動画を作成いたしました。
社会のために、未来のために創造し、成長を続けてきた八光グループの歴史を映像でご紹介します。